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以下のテキストは『花園大学文学部研究紀要』36、2004年3月、pp. 77-97に掲載された論文の提出原稿をHTML化したものです。 実際に掲載されたものと異なる場合があると思いますが、ご了承ください。


法宝『大般涅槃経疏』逸文とその分析
―済暹による引用文を中心に― このエントリーを含むはてなブックマーク

師 茂樹

一 はじめに

問題の所在

一切衆生における仏性の有無や三乗・一乗の真実性を問う論争が、特に玄奘三蔵が新訳唯識経論を齎して以後、 東アジア仏教思想史の中で小さくない位置を占めてきたのは間違いない。 しかし、その位置づけに比して、研究が進んでいるかと問われれば、進んでいないと答えざるを得ないのではないかと思う。

その理由はいくつか――例えば、論争の当事者たちが属していた宗派が現在失われていたり勢力が衰えていたりする現状や、 内容の複雑かつ多岐にわたることなど――思い浮かぶが、最大の原因として、 関連する文献の多くが散逸してしまっていることをあげることができよう。 論争に参加した学僧たちが、現在「摂論宗」「地論宗」「涅槃宗」などと称されるような、 当時それなりの規模を誇る学派的な組織に属していたであろうことは想像に難くないが、 それが法相宗や天台宗を除き宗派的な形で現在まで伝わってこなかったことが散逸の背景として考えられる。 論争に関する書物であれば、論争をしているどちらか一方の文献が残っていればもう片方を引用文などから再構成する可能性も残されてはいるが、 必ずしも正確に引用するわけでもなく、むしろ自身の論理展開に都合が良いようにゆがめて引用する場合が少なくないので、 やはり本人が著したものを直接参照できることが望ましいことは言うまでもない。

本稿で取り扱う法宝(六二七~七〇五?)もまた、玄奘の帰国直後、慈恩大師基や淄州大師慧沼ら法相宗の諸師との論争によって名を知られており、 また幸いなことに比較的テキストが多く現存している。 しかし、時に「涅槃宗」という肩書きで呼ばれる法宝が執筆した北本涅槃経の注釈書については、 残念ながら巻九・十が韓国において発見されているにとどまり、その全容をうかがうことが困難なのは誠に遺憾である。

しかしながら今回、日本中世の真言家の著作に、法宝『大般涅槃経疏』の現存しない部分が引用されていることを見出すことができた。 本稿ではその逸文を紹介し、併せてその内容について若干の検討を試みたい。

法宝の著作

ここで、法宝の著作について概観しておきたい。目録などで確認できる法宝の著作としては、次のものが知られている。

  1. 『大般涅槃経疏』十五巻(一部現存)
  2. 『法華経疏』十巻(散逸)
  3. 『倶舍論疏』三十巻(現存)
  4. 『一乗仏性究竟論』六巻(一部現存)
  5. 『一乗仏性権実論』(一部現存)
  6. 『会空有論』一巻(散逸)
  7. 『釈禅次第法門』六巻(散逸)

まず注釈書の類を見てみると、法宝は神泰、普光と並んで『倶舎論』の注釈者として有名であり、 その注釈書(ハ)だけが大正新脩大蔵経に入蔵されている法宝の唯一の文献である。

本稿でとりあげるイの『大般涅槃経疏』については、目録上では「涅槃略疏」などと記されることが多いが、 北本涅槃経四十巻に対して注釈が十五巻であることからそのように呼ばれていたのではないかと推測される。 まとまった形としては先に述べたように巻九・十が現存するにとどまる。大正十一年に朝鮮総督府事務官であった小田省吾氏によって、 韓国全羅南道の松広寺より発見され、『玻璃版大般涅槃経疏』(以下『玻璃版』)として刊行されたものである。 『玻璃版』の各巻の奥書に「海東伝教沙門義天」の名前が見える(義天録でも「疏二卷或一卷」とされている)ことから、 朝鮮半島では義天(一〇五五~一一〇一)の時代にはすでにこのような形でしか入手できなかったことがわかるが、 本稿で集めた逸文は義天と同時代の日本でまだ完本が残っていた可能性を示唆するものである*1

仏性論争*2関係で言えば、まず『一乗仏性究竟論』巻三が卍続蔵経に収録されているほか、 浅田正博氏による巻一、二、四、五の翻刻を利用することができる (浅田〔一九八六a〕同〔一九八六b〕*3。 また『一乗仏性究竟論』の草稿とされる『一乗仏性権実論』が金澤文庫に所蔵されており、 その一部が久下陞氏によって影印と翻刻として公開された(久下〔一九八五〕*4。 その他、関連しそうなものとしてヘの『会空有論』一巻が『東域伝灯目録』中に見えるが(東域録・二三三頁)、 残念ながら散逸している*5

正倉院文書(石田〔一九三〇〕・一一〇頁)に見えるロの『法華経疏』十巻と、 『東域伝灯目録』(東域録・二三三頁)に見えるトの『釈禅次第法門』六巻とは、 それぞれ書名を得られるのみで他に検討する材料がないため、ここでも列挙するに留めたい。

真言宗文献に見られる法宝『大般涅槃経疏』逸文

今回、本稿が紹介するのは、院政期に活躍した済暹(一〇二五~一一一五)および「新義真言教学の大成者」(苫米地他〔二〇〇〇〕・一五頁)として知られる頼瑜(一二二六~一三〇四)に残された逸文である。もっとも、用例を一見すればわかるように、頼瑜の引用は済暹の引用範囲を出ることがなく、恐らく多くが孫引きであろうことが予想されるため、本稿では済暹を中心にとりあげる。

済暹は、大山公淳氏によれば「宗祖大師(=空海)以後天台密教徒の大師への批判に答え、さらに彼を積極的に批判した東寺家の最初のしかもその第一人者とさるべき人」であり、「事相密教の大へん盛んな時代にあたり教相をもって立ち、後代への大きな影響を与えたもので、その著書は甚だ多」かったという(大山〔一九六八〕)。また、注目すべきは、「それらの述作書の中に引用された書は内外にわたりて甚だ広く現在は既に散佚して普通に見られない書もあり、後代に偽作書とされているものもあり書誌学的に研究者の意欲をそそるものが多い」という点であろう(大山〔一九六六〕)。法宝『大般涅槃経疏』の逸文もまた、済暹の博学によって後世に伝えられた貴重な資料と言えるのではないだろうか。

先にも述べたように、朝鮮半島では義天が『玻璃版』の原本として巻第九・十のみ入手可能であったのに対して、義天とほぼ同時代の済暹による引用は、『玻璃版』の範囲を超える箇所の逸文であり、その頃の日本には完本が残っていた可能性も考えられる。

二 法宝『大般涅槃経疏』逸文

以下、今回発見し得た逸文を列挙する。巻数などがわかる場合にはその順序で並べ、わからないものについては最後に一括している。また、対応する経文がわかる場合には、該当部分を最初にあげてから逸文を続けている。

(1) 疏巻一

  1. (宝師涅槃経疏第一云)已有重障未有縁因、無量時故以(似?)永無涅槃法、於権教中説為畢竟無涅槃法、分段身尽久文処寂滅、似無身智、於権教中説為身滅。(済暹『辯顕密二教論懸鏡抄』巻一、大正七七・四三二c)
  2. (宝師涅槃疏第一引仏性論説仏性五因中第三四因縁云)三生般若、四生闍那。由般若故翻妄執想、由闍那俗智能顕実智故【云云】(済暹『大日経住心品疏私記』巻五、大正五八・七一五a~b)
  3. (宝師涅槃疏云)由闍那俗智能顕実智故【文】(頼瑜『大日経疏指心鈔』巻五、大正五九・六三五c)

(2) 疏巻三(経巻二)

諸比丘。譬如大地諸山薬草為衆生用。我法亦爾。出生妙善甘露法味、而為衆生種種煩悩病之良薬。我今当令一切衆生及以我子四部之衆、悉皆安住祕密蔵中。我亦復当安住是中、入於涅槃。何等名為祕密之蔵。猶如伊字三点、若並則不成伊、縱亦不成。如摩醯首羅面上三目、乃得成伊三点。若別亦不得成。我亦如是。解脱之法亦非涅槃、如来之身亦非涅槃、摩訶般若亦非涅槃、三法各異亦非涅槃。我今安住如是三法、為衆生故名入涅槃。如世伊字。(大正十二・三七六c)

  1. (涅槃経宝師疏第三云)唯上経文明法身義者、即是自受用身常在密厳仏土也。一切余尽者、是煩悩正習分段変易、皆尽而実報身常住不変、及仏所化身成道涅槃、皆非二乗境界故、名為秘密也。
    経曰「猶如伊字」至「亦不得成」、第二喩答也。「三点若并妙則不成伊縦亦不成」者、釈喩中縦并不成義也。「三点若別亦不成」者、釈喩中別亦不成也。「如摩醯首羅三目得成伊」者、挙三目相喩顕伊字。何故喩後方説別亦不成者、先挙伊字非縦非并以文便故、所以先挙喩也。
    経曰「我亦是」至「如世伊字」、第三合也。若将喩類法喩文不足、法云「解脱之法亦非涅槃、如来之力亦非涅槃、摩訶般若亦非涅槃」也。以法類喩、応言唯一一点不成伊也。以解脱等三即一一不成故。夫証涅槃若唯身亦非涅槃、唯般若亦非涅槃、唯解脱亦非涅槃。此亦各別未有断証。亦非涅槃、別亦不成。又三事涅槃者、是仏自受用身・摩訶般若・解脱三法之円寂義也。如来之身金剛心後証智断二徳、身智無無累自在之義名為解脱、即此般若依身自在、一一智与二不相離、名秘密蔵、非諸凡夫二乗境故、未曽為物分明顕示故。此三各別、即身非無累、智不自在、解脱無依。如解深蜜経八地已上菩薩、唯有摩訶般若不具解脱。未曽仏身前教涅槃有解脱、即無身智、故言一一不成。縦之与并唯一兼二故亦不成。「如摩醯首羅上三目」者、喩身及二徳、即般若依身自在、智皆有解脱、由斯三事如三目。皆不相離、成大涅槃【文】
    (又曰)秘密蔵涅槃、即此経説摩訶般若・解脱・法身三点。涅槃名秘密蔵、凡夫二乗皆為身智無時名入涅槃。如下経広釈【云云】(済暹『辯顕密二教論懸鏡抄』巻五、大正七七・四五八c~四五九a)

(3) 疏巻?(経巻三)

今欲問諸陰 而我無智慧
精進諸菩薩 亦復不能知
如是等甚深 諸仏之境界(大正十二・三八〇a)

  1. (宝師涅槃経疏云)経曰「今欲問諸陰」已下是謙問也。迦葉欲問如来常住五陰、自標無智、所以謙退。下憍陳如品明捨無常色獲得常色等、答此問也。「精進菩薩衆亦復不能知」者、明仏果常住五陰非凡下所知、唯仏与仏能了故。下経云「十住菩薩雖見一乗、不知如来是常住法」、十住尚不能知、凡下理宜絶分、只可経仰信、不得妄為比量比之【云云】(済暹『辯顕密二教論懸鏡抄』巻五、大正七七・四六五a~b)
  2. (宝法師疏釈云)経曰「今欲問諸陰」已下是謙問也。迦葉欲問如来常住五陰、自揆無智、所以謙退。下憍陳如品明捨無常色獲得常色等、答此問也。「精進菩薩衆亦復不能知」者、明仏果常住五陰非凡下所知、唯仏与仏能了故。下経云「十住菩薩雖見一乗、不知如来是常住法」、十住尚不能知、凡下理宜絶分、只可経仰信、不得妄為比量比之【云云】(済暹『四種法身義』、大正七七・五〇九a)

(4) 疏巻?(経巻三)

迦葉。譬如一切諸常法中虚空第一。如来亦爾。於諸常中量為第一。(大正十二・三八一c)

  1. (法宝師疏云)第三虚空喩也。喩身常也。虚空無刹那故、一切常中最為第一。仏身亦爾。無刹那故、於諸常中最為第一。金光明経三身品云「法如如如智為法身」、即是自受用及真如為法身也。経云「法身無異無刹那故、仏身於諸常中最為一也」。如来命根即大円鏡智種子任持勢分、大円鏡智即是仏身、由身常故命長故、以仏常証其長寿【云云】(済暹『四種法身義』、大正七七・五〇九a)
  2. (法宝師涅槃経疏云)金光明経三身品云「法如如如如智為法身」、即是自受用及真如為法身也。経曰「法身無異無刹那故、仏身於諸常中最為一也」【云云】
    (又云)依金光明経等、真如自受用身為法身、他受用名應身。此上所明法身常者、即是智及真如以為法身、応化二身是法身影故、亦即是法身【云云】(済暹『辯顕密二教論懸鏡抄』巻一、大正七七・四二三b)
  3. (法宝師云)金光明経三身品云「法如如如如智為法身」、即是自受用及真如為法身也。経云「法身無異異無刹那故、仏身於諸常中最為一也」【云云】(済暹『大日経住心品疏私記』巻二、大正五八・六八八c)

(5) 疏巻八?(経巻十一?)

迦葉。有五種人於是大乗大涅槃典、有病行處非如来也。何等為五。一断三結得須陀洹果、不墮地獄畜生餓鬼、人天七返永断諸苦入於涅槃。迦葉。是名第一人有病行處。是人未来過八萬劫、便当得成阿耨多羅三藐三菩提。(大正十二・四三一c)

  1. (法宝師涅槃疏云)第一人住初果経生多故、劫数多也【云云】(済暹『金剛頂発菩提心論私抄』巻一、大正七〇・一七c)
  2. (涅槃疏云)如得初果不越七生、由道力故不越其七生、由業力故不滅七生、此亦如是【云云】(済暹『金剛頂発菩提心論私抄』巻一、大正七〇・一七c)

迦葉。第二人者、断三結縛薄貪恚癡、得斯陀含果名一往来、永断諸苦入於涅槃。迦葉。是名第二人有病行處。是人未来過六萬劫、便当得成阿耨多羅三藐三菩提。(大正十二・四三一c)

  1. (涅槃疏云)第二人於初果不経生即至第三果、於二果上経欲界人天、各一生得第四果【云云】(済暹『金剛頂発菩提心論私抄』巻一、大正七〇・一八a)

迦葉。第三人者、断五下結得阿那含果、更不来此、永断諸苦入於涅槃、是名第三人有病行處。是人未来過四萬劫、便当得成阿耨多羅三藐三菩提。(大正十二・四三一c)

  1. (涅槃疏云)第三果於前果不経生、至第三果経色無色生得第四果【云云】(済暹『金剛頂発菩提心論私抄』巻一、大正七〇・一八a)

迦葉。第四人者、永断貪欲瞋恚愚癡得阿羅漢果、煩悩無餘入於涅槃、亦非騏驎獨一之行、是名第四人有病行處。是人未来過二萬劫、便当得成阿耨多羅三藐三菩提。(大正十二・四三一c~四三二a)

  1. (涅槃疏云)第四人於前三果不経生直至第四果。誰同此阿羅漢果入於涅槃、前果生不同劫数不等【云云】(済暹『金剛頂発菩提心論私抄』巻一、大正七〇・一八a)

迦葉。第五人者。永断貪欲瞋恚愚癡得辟支仏道。煩悩無餘入於涅槃。真是騏驎獨一之行。是名第五人有病行處。是人未来過十千劫。便当得成阿耨多羅三藐三菩提。迦葉。是名第五人有病行處。非如来也。(大正十二・四三二a)

  1. (宝師涅槃疏八云)謂得阿羅漢果入於小乗無余涅槃、是人未来過八万劫得菩提者、謂涅槃後八万劫、顕不滅八万亦非正満得菩提者、真諦法師云「是発心菩提」、遠云「大品説、菩提有五種、謂発心・伏・明・出倒・無上、発心在善趣位、伏在種性已上、明在地上、出倒在七地已上、無上在仏果」。有人云「得成仏」者謬也【文】(済暹『金剛頂発菩提心論私抄』巻一、大正七〇・一八a~b)

(6) 疏巻八(経巻十一?十二?)

  1. (宝師涅槃経疏八云)那羅延者帝釈力士【云云】(済暹『大日経住心品疏私記』巻三、大正五八・七〇〇c)
  2. (宝師涅槃疏云)天帝釈之力士【文】(頼瑜『大日経疏指心鈔』巻三、大正五九・六〇八b、同巻八、大正五九・六七七a)

(7) 疏巻?(経巻三七?)

迦葉菩薩白仏言。世尊。世間智者。即仏菩薩一切聖人若諸聖人。色是無常苦空無我。云何如来説仏色身常恒無變。(中略)仏言。善男子。凡夫之色從煩悩生。是故智説色是無常苦空無我。如来色者遠離煩悩。是故説是常恒無變。(大正十二・五八二a~b)

  1. (法宝師疏云)経曰「仏言」已下答也。智者所説煩悩生色、生色是苦無常等我説。仏色遠離煩悩、常恒無変、所望不同、故無有滅。唯依大乗、闡提已上金剛已還所有身色、皆是異熟阿頼耶識之相分也。分段生死従正使生、変易生死従習気有分熏習生、自性復是遍行麁重、名言熏習所生故、是無常。仏色即是大円鏡智相分、従自性清浄真如所縁縁種子生、以為本性無分別智、以為習性所生、非遍行麁重種子所生、由此是常。故密厳経云「阿頼耶識為分別心之所擾、若離分別即是常住、猶如虚空」。識色既常、受等亦爾、皆無変異也【云云】(済暹『四種法身義』、大正七七・五〇九b~c)

(8) 場所不明

  1. (又同疏云)又密厳経云「密厳国土、成大菩提、常楽我浄、無刹那壊」【云云】(済暹『四種法身義』、大正七七・五〇九a)
  2. (宝師疏云)涅槃経説「一切衆生悉有仏性是少分一切、如来常住是相続不断常」等、令衆生謗涅槃・法華・楞伽・密厳・法鼓・勝鬘経等為不了義、謗法之罪広如経説、学一乗仏性宗者亦漸同他見。嗚呼哀哉、可傷之甚【云云】(済暹『四種法身義』、大正七七・五〇九c)

三 逸文の内容の検討

右に集めた逸文は、注釈書の断片という性格上、ある統一したテーマや問題の下で内容を検討することは難しい。以下では、便宜的にテーマを設定しているが、注釈書としての文脈から離れている可能性があることは留意されたい。

一分不成仏説批判

逸文イは、これだけでは文脈がとりづらいが、『一乗仏性究竟論』巻一・権実義例章第四にほぼ同様の表現が見える。

如説木馬為馬、非不似馬説為真馬者、令童子喜也。黄葉顕色、非不似金説為真金者、□(止?)小児啼也。小見(児?)聞□(説?)木馬為真馬、見真馬謂為非真馬。聞黄葉為真金、見真金謂為非金也。已有重障未有縁因、无量時後似永无涅槃法、分段身應(盡?)文(久?)處寂滅似无身智、於権教中説為真滅。末代学権教者、聞権教説二乗実滅一分无性、以為真実、執為了義。聞説二乗无滅、謂為密意説不定性。聞説衆生悉有仏性、謂為不了識少分也。(浅田〔一九八六a〕、378~386)

ここで言う木馬や黄葉などの表現は、『涅槃経』嬰児行品第九の以下の文を踏まえていると考えられる。

又嬰児行者。如彼嬰児啼哭之時、父母即以楊樹黄葉而語之言、莫啼莫啼我与汝金、嬰児見已生真金想便止不啼、然此楊葉実非金也。木牛木馬木男木女、嬰児見已亦復生於男女等想、即比不啼、実非男女、以作如是男女想故名曰嬰児。如来亦爾。若有衆生欲造衆悪、如来為説三十三天常楽我浄端正自恣、於妙宮殿受五欲楽、六根所對無非是楽、衆生聞有如是楽故心生貪楽、止不為悪、勤作三十三天善業、実是生死無常無楽無我無浄、為度衆生方便説言常楽我浄。(中略)善男子。如彼嬰児於非金中而生金想。如来亦爾。於不浄中而為説浄、如来已得第一義故則無虚妄。如彼嬰児於非牛馬作牛馬想、若有衆生於非道中作真道想、如来亦説非道為道。非道之中実無有道、以能生道微因縁故説非道為道。如彼嬰児於木男女生男女想。如来亦爾。知非衆生説衆生想、而実無有衆生相也。若仏如来説無衆生。一切衆生則墮邪見。是故如来説有衆生。於衆生中作衆生想者。則不能破衆生相也。若於衆生破衆生相者。是則能得大般涅槃。以得如是大涅槃故止不啼哭。是名嬰児行。(大正十二・四八五c~四八六a)

ここでは、泣き叫ぶ幼児を泣き止ませるために、「ごらん、金をあげるよ」と嘘をついて黄色い葉っぱを見せたり、木馬などを本当の馬だと騙したりすることがあるように、如来もまた造悪の衆生に善業を積ませるために方便を以て常楽我浄を説くことがあるのだと説かれている(その際、如来は第一義を得ているので、その行為は虚妄ではないとされる)。先の『一乗仏性究竟論』では、「末代学権教者」が信じている唯識経論などの権教において、一乗仏性説に反する(法宝にとって)真実ではない教えが説かれる理由を、この経文に求めている。そして、縁因仏性を欠き極めて長い時間涅槃を得ることができない人のことを、権教では「畢竟無涅槃法」とし、また灰身滅智を得て心身を完全に滅してしまい成仏の因がなくなってしまった二乗であるとしているが、それは真実の教えに導くための方便(嘘)なのだ、と主張しているのである。

逸文イの前後でも恐らく、右の『一乗仏性究竟論』と同様のことが説かれているのではないかと推測できる。そこから、経文の随文解釈の部分ではなく、特に玄奘門下を意識した教相判釈あるいは権実論を展開する玄談的な部分ではないかと予想される。

***

逸文ヌ~ヨは、『涅槃経』本文に対する単純な注釈に過ぎないが、この箇所(特に逸文ヨ)は灰身滅智を得た二乗が大乗へと転向することの教証とされる部分であり、右の「畢竟無涅槃法」に関する議論と通じると思われる。

また、逸文ヨにおいて真諦および慧遠が引用されている点は注目される。後者は、慧遠『大乗大義章』の「五種菩提義」に次のように説かれているものから引用したものであろう。

五菩提義、如大品経無生品説。彼経直云「五種菩提」、不列名字。論有二釈。一以声聞・縁覚・大乗三種菩提、及与順忍・無生法忍、合説為五。第二直就大乗之中随義分五。五名是何、一発心菩提、二伏心菩提、三明心菩提、四出到菩提、五無上菩提。言発心者、論云「在於無量生死発菩提心求大菩提、因中説果」、是故名為発心菩提。言伏心者、論言「菩薩断諸煩悩降伏其心、行諸波羅蜜」、名伏心菩提。明心菩提者、論言「菩薩観三世法、本来總別、得法実相畢竟清浄、所謂般若波羅蜜相」、名明心菩提。言出到者、論言「菩薩於般若中得方便力不著般若、滅一切煩悩得無生忍、出離三界到薩波若名出到菩提」。言無上者、論言「道場断煩悩習得阿耨菩提」、名為無上。(大正四四・七〇二b~c)

ここで、『大品』に「五種菩提」と説くと言うのは、大正八・二七一bに「菩薩摩訶薩五種菩提」とあることを指すのであろう。「論」として言及されているのは『大智度論』がこの『大品』の箇所を注釈している部分を指す(大正二五・四三八a以下)。

教判論

先に引いた『一乗仏性究竟論』において「末代学権教者」という表現が見られたが、これに対応するような「学一乗仏性宗者」という表現が見られるのが、逸文ネである。ここでは、『涅槃経』で「一切衆生悉有仏性」と説かれるところの「一切」は、部分集合の中での「一切」であって集合全体を指すのではない、などと解釈可能な箇所があることが原因で、『涅槃経』を不了義であると見なし、誹謗する「衆生」が出てしまうことを憂えている。言うまでもなく、この「衆生」が玄奘門下を想定した発言であり、それに反対する法宝の立場が「学一乗仏性宗者」と表現されていることは容易に想像できる。ここで言う「一乗仏性」は、当然法宝の五時教判(第一時有教・第二時空教・第三時三乗・第四時一乗・第五時仏性)を踏まえているのだろう。

ただし、師〔一九九八b〕で指摘したように、玄奘の後継者と見なされている慈恩大師基とその門下の教判論においては、ここであげられている『法華経』『涅槃経』『勝鬘経』などはすべて第三時非空非有中道教に相当し、また一乗説においては『法華経』のそれは不了義とされるものの、『涅槃経』『勝鬘経』のそれは真実とされている。もちろん、法宝から見れば基らの説く「一乗真実」説はまさに謗法以外の何ものでもないわけであるが、少なくとも字面の上では法宝の批判対象を基とするのは早計であるかもしれない。なぜなら『一乗仏性究竟論』巻五には、「十二解深密師妄通教云、法華是第二時教、次小乗後説故、非是了義」(浅田〔一九八六b〕・468~469)として、教判において『法華経』を明確に第二時の不了義教としている「解深密師」について言及されているからである。「解深密師」についての実体は現在のところ不明であるが、当時、『解深密経』の三時教判に基づいた様々な説が乱立していたことも予想される(法宝の五時教判も三時教判に第四時・第五時を追加したものである)。

なお、逸文ネは「宝師疏云」として引用されているため該当巻数を特定することはできないが、玄談的な部分であった可能性も考えられよう。

仏身論

逸文ニにおいては、涅槃の三徳(法身・般若・解脱)が別々では成立しないことを、伊字の三点や摩醯首羅の三目の喩えによって説明しようとしているところである。前半は、法・喩・合の伝統的な解釈方法をあてはめたものであるが、後半の三徳の不離を説明するところでは、注目される論述が見られる。

まず法身については、智徳・断徳の二徳を証したものであると説明される。文脈上、「如来之身」すなわち法身と他の二徳とのつながりを説明する箇所かと思われるので、この智徳・断徳と般若・解脱との関連が想像されるのであるが、慧遠『大乗義章』において、

般若亦二。一性照般若、亦名證智。是義云何。眞識之心本性清淨、而爲妄染之所覆蔽、相似不淨、後息妄染彼心始顯、始顯眞心如其本性内明法界、説之以爲性照般若、由稱本性故名證智。二觀照般若、亦名教智、是義云何。縁觀對治熏發眞心、令眞心中智徳隨生、所生智徳明照諸法、説之以爲觀照般若。即此觀照藉教修起、故名教智。又此智麁可以言論、又能起説亦名教智。性照般若性淨所收、觀照般若方便所攝。(大正四四・八二二c)

と、般若と智徳との関連を思わせる記述があるものの、同じ『大乗義章』では、例えば、

言義異者。涅槃寂滅義。法身是體義、又亦聚積義。解脱無累義。般若鑒照義。故云義異。又復分相。斷徳是涅槃。色報是法身。智慧是般若。餘徳是解脱是故皆別。(同・八二二a)

などとあるように、断徳は涅槃もしくは三徳全体の徳性として説かれることが多く、また真諦訳『摂論釈』においても、

三身即是三徳。法身是斷徳。應身是智徳。化身是恩徳。(大正三一・二五七c)

とあるように、法宝の説とは一致しない。何を根拠にこのような説明がなされているのかは不明である。

次に解脱は、身(=法身)と智(=般若)とが縛られるものがなく自在であることとして説明されている。これは右に引いた『大乗義章』に「解脱無累義」とあることなどを踏まえているのであろう。

また般若は、右の解脱の説明にあるように、法身に対して自在であるから、全体としてそれぞれの徳は他の二徳と離れないのだ、と説かれている。

そして、『解深密経』地波羅蜜品において、

觀自在菩薩復白佛言「世尊。如佛所説波羅蜜多、近波羅蜜多、大波羅蜜多。云何波羅蜜多、云何近波羅蜜多、云何大波羅蜜多」佛告觀自在菩薩曰「善男子。若諸菩薩經無量時、修行施等成就善法、而諸煩惱猶故現行、未能制伏然爲彼伏、謂於勝解行地軟中勝解轉時、是名波羅蜜多。復於無量時修行施等、漸復増上成就善法、而諸煩惱猶故現行、然能制伏非彼所伏、謂從初地已上、是名近波羅蜜多。復於無量時修行布施等、轉復増上成就善法、一切煩惱皆不現行、謂從八地已上、是名大波羅蜜多」(大正一六・七〇七b~c)

と説かれる八地以上の菩薩が得るという「大波羅蜜多」を、法宝は恐らく「摩訶般若」と読み替えて、『解深密経』では三徳のうち般若については説くけれども解脱については説かないので不完全であるとして批判している。

***

逸文ホおよびヘは同じ箇所からの引用かと思われるが、ここでは仏果における常住五陰を仏以外の者が知ることはできない、ということが説かれている。「十住の菩薩は一乗を見ることはできても如来が常住であることはわからない」という『涅槃経』巻二七(大正十二・五二五a)の引用や、凡下の我々はただ経を信じるべきだ、という記述は、『涅槃経』の「眼見」「聞見」の議論が下敷きにあったことが想像される。すなわち、同じ巻二七に、

善男子。如汝所言十住菩薩以何眼故、雖見佛性而不了了。諸佛世尊以何眼故、見於佛性而得了了。
善男子。慧眼見故不得明了。佛眼見故故得明了。(中略)諸佛世尊斷因果故見則了了、一切覺者名爲佛性。十住菩薩不得名爲一切覺故。是故雖見而不明了。
善男子。見有二種。一者眼見、二者聞見。諸佛世尊眼見佛性、如於掌中觀阿摩勒果。十住菩薩聞見佛性故不了了、十住菩薩唯能自知定得阿耨多羅三藐三菩提、而不能知一切衆生悉有佛性。
善男子。復有眼見、諸佛如來十住菩薩眼見佛性。復有聞見、一切衆生乃至九地聞見佛性。菩薩若聞一切衆生悉有佛性、心不生信不名聞見。(大正一二・五二七c~五二八a)

とあるように、仏性を完璧に見ることができるのは仏のみで、十住の菩薩は智慧によって見ているに過ぎないので不完全であり、また九地以下の一切衆生は、智慧ですら見ることができないので「一切衆生悉有仏性」という仏言を信じることによって「聞見」するしかない、というのである。

***

逸文ト~リもほぼ同じ箇所からの引用かと思われるが、仏身の常住を『金光明経』三身分別品に頻りに説かれる「法如如」「如如智」(例えば大正一六・三六三aなど)に対応すると言う。これは、逸文チ後半の「智及び真如を以て法身と為す」という記述を踏まえると、円測の著作や定賓『四分律疏飾宗義記』に真諦説として引かれる次の法身説との親近性を想像できる。

真諦三蔵依決定論立九識義、如九識品説。(中略)第九阿摩羅識、此云無垢識、真如為体。於一真如、有其二義、一所縁境、名為真如及実際等、二能縁義、名無垢識、亦名本覚、具如九識章引決定論九識品中説。(『解深密経疏』巻三、卍続三四・七一九下~七二〇上)
真諦三蔵、総立九識。一阿摩羅識、真如本覚為性、在纒名如来蔵、出纒名法身。阿摩羅識、此云無垢識、如九識章。(『仁王経疏』巻中本、大正三三・四〇〇中)
真諦三蔵云「阿摩羅識有二種。一者所縁、即是真如。二者本覚、即真如智。能縁即不空如来蔵。所縁即空如来蔵」。(卍続六六・八八上)

これを図示すれば下のようになろう。

阿摩羅識は所縁と本覚・能縁とに分かれる。所縁は真如であり、在纒の状態では不空如来蔵、出纒の状態では法身と呼ばれる。本覚・能縁は真如智であり、在纒の状態では空如来蔵、出纒の状態では法身と呼ばれる。

第九阿摩羅識説と法宝の説を安易に結びつけることはできないが、定賓は最澄『守護国界章』巻下之中において 「大薦前宝、後賓」(大正七四・二二三下~二二四上)と呼ばれ、 法宝の後継者と見なされていた風もあるため、この共通性は注目すべきだろう*6

また、逸文トの後半に説かれる「大円鏡智即是仏身」説が、『密厳経』に基づいた法宝の如来蔵即阿頼耶識説を踏まえたものであることは、 『一乗仏性究竟論』巻四・破法爾五性章の次の箇所を見ればわかる。

又如来蔵与識蔵、諸経論中或説為同或説為異、皆不相違。 如密厳経下巻云「如来清浄蔵、亦名无垢智、常住无終始、離四句言説、仏説如来蔵、以為阿頼邪、悪慧不能知、蔵即頼邪識、如来清浄蔵、 世間阿頼邪、如金与指環、展転无差別」。 准此経文、双説理心二本性也。如来清浄蔵是理也、世間阿頼邪是心也。 (中略)蔵即頼邪識者、蔵為真也、識為俗也。諦雖是二、解常応一。 (浅田〔一九八六b〕、085~093)
然迷心違理、悟智順真、帯迷即頼邪无常、悟理即八識常住。密厳経中巻云「阿頼耶識是意等諸法習気所依、為分別心之所櫌(擾?)濁。若離分別、即成无漏。无漏即常、猶如虚空」。楞伽第四云「無漏習気非刹那法」。准密厳経、亦是第八无漏習気、第八識既仏地転成大円鏡智故。至仏地方得名常。又金光明云「発心是常、応化無常」。此経説仏証真如智以為法身、故知自受用仏定是常住。(浅田〔一九八六b〕、118~125)

右に引いた『一乗仏性究竟論』の中、後半の『密厳経』の引用については、逸文ソに同じものが見える。また、ここでは引かなかったが、後半の引用の直後には逸文ツと同じ『密厳経』の引用が見える。

如来の命根は、第八識が転換した大円鏡智の中にある種子によって保たれているので、大円鏡智は仏身であり、その前身である阿頼耶識もまた、俗諦においては消滅する無常の存在であるが、仏の立場から見れば如来蔵という点で常住である、というのであろう。この議論は、先に引いた円測『仁王經疏』に見られる真諦説に「阿摩羅識は真如本覚を性と為す。在纒を如来蔵と名づけ、出纒を法身と名づく」という説に近い。もっとも、真諦の説は法宝のそれと若干食い違う点もあるようなので、今後の比較検討は必要であろう。

その他

逸文ロ・ハは、『仏性論』巻一に仏性の五種功徳を説く中の、第三、第四について引用しているに過ぎない(大正三一・七八七b)。

***

逸文タ~レは、「那羅延」という単語の注釈である。『大般涅槃経疏』における巻数は逸文タの導入部分によって容易に知られるが、それに対応する「那羅延」という単語がある経文は『涅槃経』巻十一、十二に分散しているため、特定することはできない。最初に出てきた時に注釈することが多いとすれば、巻十一と考えるのが穏当であろうか。

四 まとめ

以上、雑駁な分析であったが、真諦や慧遠*7への依拠、 および後代の定賓との関連を見出すことができたことから、 今回収集した逸文は断片ながら思想史的研究に資する重要なものであることがわかるのではなかろうか。

略号

大正
大正新脩大蔵経
卍続
台湾版卍続蔵経
東域録
末木文美士・月本雅幸・松本光隆・矢田勉『高山寺本東域伝灯目録(高山寺資料叢書第十九冊)』(東京大学出版会、一九九九)

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  1. 『大般涅槃経疏』発見の顛末、書誌情報などについては、 池内〔一九二二〕同〔一九二四〕を参照。 内容については久下〔一九七三〕木村〔一九七八〕が詳しいが、 吉村〔二〇〇二〕などでも若干触れられている。
  2. 常盤〔一九三〇〕に基づけば、 所謂三一権実論争あるいは仏性論争は、玄奘帰国以後、日本の中世までを大雑把な区切りとして考えることができよう。 その大きな流れの中で法宝を位置づける研究として、常盤〔一九三〇〕富貴原〔一九七三〕久下〔一九八三〕同〔一九八八〕蓑輪〔一九九一a〕など。 また、最澄の著作における扱いについては、田村晃祐氏の一連の研究(田村〔一九九一〕同〔一九九九〕)のほか、久下〔一九七五〕蓑輪〔一九九一b〕など。 源信『一乗要決』との関連については、久下〔一九七四〕道元〔一九九九〕同〔二〇〇三〕など。
  3. 『一乗仏性究竟論』に関しては、 浅田正博氏以前に恵谷〔一九五三〕の報告があった。 内容については、浅田正博氏が研究主任の一連の共同研究(浅田・吉田・寺井・間中〔一九八七〕浅田他〔一九九五〕同〔一九九六〕同〔一九九九〕)や、 この共同研究に参加していた浅田〔一九八七〕同〔一九九七〕間中〔一九八七〕寺井〔一九九二〕同〔一九九六〕などがあり、 それ以外にも根無〔一九八六〕末木〔一九九〇〕など。
  4. 久下氏以前の報告として、高峯〔一九三四〕がある。
  5. 奈良末から平安初期の日本において、空有の論争と仏性論争とが重なり合っていたことについては、 平井俊榮〔一九七八〕などを参照されたい。この空有の論争における三論宗側の重要人物の一人、 大安寺の慶俊には『一乗仏性究竟論』の注釈書である『一乗仏性究竟論記』がある。
  6. 師〔一九九八b〕および 〔二〇〇三〕で論じた定賓の仏身論は、このほかにも『大乗密厳経』に依存している点など、 法宝の仏身論に極めて近い傾向があると言えるだろう。
  7. 法宝『大般涅槃経疏』が浄影寺慧遠の『涅槃経疏』『涅槃経義記』および曇延『涅槃経義疏』に 多く依存していることは木村〔一九七八〕が指摘するところである。


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